公立福生病院 透析中止は医師の判断?意外な事実が見えてきた

公立福生病院にて透析を中止した女性がこの世を去った問題で、それは本当に医師の判断だったのか?気になる真相を確かめてみると、そこには意外な事実と難しい判断が葛藤していたようです。

あなたはどう判断しますか?

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公立福生病院の事件の詳細は?

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2018年の8月、東京にある公立福生病院で44歳の女性が人工透析の治療をやめ、その後1週間で帰らぬ人となったというのが今回の話。

この内容のどこに問題点があるのかというと、公立福生病院に腎臓病総合医療センターが設立されたのが2013年4月。

そこから4年間の間に腎臓病の患者が149人受診し、その中の20人が「最初から透析治療を選択せずに」この世を去ったという事実があります。

一体何が起こっているのでしょうか?

腎臓病の治療方法は人工透析だけ?

必ずしも腎臓病=人工透析というわけではなく、腎臓病の中でも重い症状である「末期腎不全」の場合に人工透析が用いられる模様。

人工透析ってそもそも何?

人工透析は、本来腎臓が行う機能である「血液中の余分な水分や老廃物を取り除いて、血液をきれいにする」という働きを代わりに行う療法の事。

血液を外部の機械を通してキレイにし、体に戻すといったもので、週に2回ほどこの作業が必要になってきます。

しかも1回に4時間近くかかるのでかなり大変な生活になる事は想像に難しくないでしょう。

これらの事を踏まえてもう一度事件の概要を見てみると、149人のうち20人が透析の選択をしなかったっていうのはどういう状況なんでしょうか?

実は人工透析には日本透析医学会が定めた「ガイドライン」というものが存在します。

透析医学会のガイドラインとは?

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このガイドラインによると、透析が必要な患者に対して

  • 患者の状態が極めて良くない
  • 透析治療自体を安全に行う事ができない

という場合、十分な説明を行っても本人が望まないならば「透析をしない」という選択ができるとされています。

ちなみにこの状況にある患者を終末期と呼びます。

しかし、今回の事件で発覚した「透析を最初からしない選択をした」といわれる20人は全て終末期の患者ではないという事。

だんだんきな臭くなってきましたね。

この事が発覚した事によって3月6日に病院内に立ち入り捜査が入り、そこでさらに途中で透析をやめてこの世を去った方も複数名いることがわかったようです。

透析中止は本人の意思決定か?

公立福生病院側のコメントとしては、「すでに病状が悪化していて、透析を続けたくないと話していた」との事。

しかし調べてみると、この世を去った日の前日に患者は「透析中止を撤回したい」と語ったことを患者の夫が告白していました。

これに対して病院は、正気の時に意思確認書にサインをもらったので、「その時の固い意志を尊重した」と返答。

医師は患者が終末期だったと主張しているので、確かに終末期には尿毒症によって意識障害も考えられる事からなんとも判断が難しいかもしれません。

公立福生病院側の主張は?

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どうやらこの事件の概要について3月8日、公立福生病院側が正式にコメントを発表したようです。

まず病院側の主張は「当院で悪意や手抜きや医療過誤があった事実はない」という事。

つまり今回の透析中止の判断は悪意や医療ミスではないと言う事ですね。

そして、最初から透析をしなかった20人についての言及は、

「腎臓だけが悪い方、それ以外の臓器も悪い方がいて、その症状によって人工透析を受けるつらさも様々だから、家族を含めた話し合いが行われてその記録が残っている」と主張。

つまりどちらも双方の意志に従っての対処という発表でした。

なんというか・・・かなり複雑なことになってますね。

ガイドラインを重要視するのか、それとも本人の意志を重要視するのかという問題もありそうな気がします。

ネットの声は

  • 医師の推奨でこのようなことがおこなわれるのであれば、極めて危険なシグナルです。
    過去にはナチスドイツが医療費や支援費がかかることを口実にして、社会のため、人々のため、大多数の利益のため、などと障害者や傷病者の命を選別して奪っていきました。
    金のあるなし、労働生産性のあるなし、などにかかわらず、お互いを支え合って、社会福祉やケアをしてきた歴史を根底から否定することになりかねません。
    このような一方的な価値観で命の選別をするような行為は、相模原障害者施設無差別殺傷事件を彷彿とします。
    どのような命にも尊厳や自由意思によって生きる権利があるということを改めて確認しておかなければならないと思います。
     
  • 中には無理に生き続けたくない人だっている。
    本人の意思に反して人工透析を中止するとかは駄目だろうけど、本人が望むのであれば人工透析しない選択肢もありだと思う。
    人工透析は本人以外にも家族の負担も大きい。
    そこでどういう選択をするかは本人。自分の身体だしね。
    医者だってそりゃ全員よくなって欲しいさ。でも技術の限界はある。
    その技術の限界を正直に相手に伝えられることが本当の技術者だと思うね。
     
  • この問題は非常に難しいと思う。一回治療を止める方針で状態が悪くなった時にやっぱり治療をしてくれと言われても、再開したら状態が悪いのだからより侵襲的でより苦しくなる治療になるとも考えられる。それも尿毒症による意識障害がある時にご本人から言われたことをどれだけ信用していいのかも。やった医療の流れには問題はあるけど、ただこの医師は患者のことを考えてやったことでもあり、医療中止を前面に押し出した報道はどうかと思う。家族も入院してたという悪条件も重なったし、十分に家族にお話ができなかったのかもしれないし。その辺のことを報道せず、医師だけバッシングするのはいかがなものか。 
  • ①医師は透析をすれば延命はできることは説明した。
    ②その上で、透析をしない、という選択肢も示した。
    (この選択肢はあらゆる病院、医師が透析患者に説明すべき。
    ただし腎移植の予定があれば当然別だが。)
    ③患者は自身の判断で透析しないことを選んだ。
    なんでこの流れで医者が悪者になるんだ?
    患者本人が望んだのだから、周りも納得して寄り添えよ。
    もちろん、途中でやっぱりやりたいって言ったらやったらいいよ。
    患者本人に選ばせるのが酷?今の時代、小手術だって選択肢が
    あれば一通り説明してから患者に選ばせるのがスタンダードだぜ。
    酷だろうと何だろうと、自分の命なんだから自分で決めるんだよ。

 

意外と医師側の対応に納得している声も多かった印象ですね。


↑僕も最初は彼女と同意見だったのですが、色んな方の意見を見ていると、意思を決定した時に何度も確認はあるはずだし、中断してから再開したいと言われても元々終末期で最悪の状態なのに、症状がさらに進行している事を考えると「再開できる状態ではなかった」というのが正しいのかもしれないと思いました。

まとめ

マスコミの報道だけを切り取って見ていると完全に非があるのは病院側のように錯覚してしまいがちですが、よくよく真相に迫ってみると色んな角度からの意見が出てきて、簡単にどちらが悪いとは言い切れるような内容ではないと思いました。

ただ、それにしてはあまりにもこの世を去られた方の数が多いし、事件性も否定できなくはありません。

今後の情報を待って、真相を確かめていきたいですね。

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